福岡高等裁判所 昭和24年(つ)633号 判決
主文
本件控訴を棄却する。
当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする
理由
原判決は、所論のように、判示第二の詐欺の事実認定の証拠として、一、被告人に対する司法警察員の供述録取書(檢第八十七号)、一、証人古後ミツ子が当公廷でした供述と挙示している。そして司法警察員の作成にかゝる被告人の供述調書は檢第八十六号同第八十八号同第八十九号の三者であり、檢第八十七号は副檢事の作成にかかる被告人の供述調書であることもまた所論のとおりである。凡そ判決は、論旨指摘のように、人権に至大の関係を有するものであるが故に、その内容が適正であるのを要することはもちろん、その表現においてもいささかの過誤もないのを期すべきは、もとよりいうに及ばぬところであつて、判決において証拠の標目を示すにあたり、その表示に対應する証拠が実際に存在しないような証拠を表示した場合、若しくは、その表示を誤まつたがために、判決が果していずれの証拠を引用するのであるかこれを知ることができないような場合には、その判決は十分な理由を備えないものとして取扱われねばならぬこと当然であるが、若し、そうではなくして、單なる文字の書き誤まりであると認められるような場合には、その眞実の意義の存するところに從つて理解認容せらるべきである。今、原判決挙示の証拠の標目について見るのに、原判決はその証拠番号として現に檢第八十七号と表示しているのであり、それに、判決摘示の犯罪事実と前記各書類の記載内容とを対照するときには、原判決が証拠として引用したのはまさしく檢第八十七号副檢事作成の前記供述調書の趣旨であることが明らかであつて、その作成者を司法警察員と表示したのは、副檢事を表示すべきところを誤記したのに過ぎない事実を看取するに難くない。從つて、原判決は、副檢事の作成にかかる被告人の供述調書を証拠として引用したものであると解すべきであつて、虚無の証拠によつて事実を認定したという批難は当らない。
「第一点 原判決は判示第二の詐欺事実について被告人に対する司法警察員の供述録取書(檢八七号)、証人古後シヅ子の原審公廷に於ける供述を綜合して、有罪の認定をしたが、これは虚無の証拠をとつて断罪の資料に供したもので違法である、記録によると、原審公判で証拠として提出された被告人に対する司法警察員の供述調書は次の三部である。
(一)昭和二十四年三月二十六日附供述調書(檢八六号)(二)同日附第二回調書(檢八八号)(三)同年四月六日附調書(檢八九号)の三部である。右の内何れを採つたか明かでない。前掲(二)(三)の調書は判示第一の窃盜、判示第三の住居侵入の事実にのみ関係があり詐欺の事実とは関連がない詐欺に関係あるものは、(一)のみである。然し乍(一)の供述調書によれば被告人が昭和二十四年三月五日夜別府市竹瓦町松屋旅館、佐藤由子方に同伴の女、カズ子と宿泊して宿料未拂のまゝ立去つたことは認められるが「支拂の意思がない」旨の犯意を認定すべき資料は全く見当らない。又原審公判廷に於ける証人古後シズ子の供述中にも勿論其の資料はない。即ち虚無の証拠を断罪の資料に供した違法があるから破毀さるべきものと信ずるもつとも判示証拠説明中「右被告人の司法警察員に対する供述録取書(檢八七号)とあるから、檢八七号を調査するとそれは檢察官に対する供述調書であり、其内容に犯意を認めた被告人の自白がないでもない。であるから判決は、司法警察員と、檢察官と、書き誤りをしたのであろうと推定されるが、いやしくも人の有罪、無罪、無罪を断するは重大、嚴正でなければならぬ嚴正にして絶大の信賴を受けねばならぬ判決が軽卒にもかゝる重大齟齬を犯すことは許されないと信ずる判決全体の信用を害すること大であるからである。」